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ゆいことば

茨城の片隅で大学生をしている、アクティブでちょろい根暗の文章置き場です。

イベント

イベントレポ soar night out!!!「うつ、LGBTについて」(前編)

2016/12/14

ずっと行きたいと思っていた、soar night out!!!というトークイベントに参加してきました。

今回のゲストは、東藤泰宏さんと榎本悠里香さん。

東藤さんはうつ病経験があり、榎本さんはレズビアン。お二人とも違う方面ではありますが、社会的にはマイノリティとされる立場です。

それでもまったく悲壮感はなくて。むしろ軽快で、気持ちが楽になるお話を聴くことができました。

 

soarは、障がい、難病、貧困などの要素を持つ社会的マイノリティの人々が、可能性を広げるケースを紹介するwebメディア。

ハッピーでポジティブ、だけど等身大、そんなsoarの雰囲気に満ちあふれた、あたたかい空間で聴いたお話を、私なりにまとめてみました。

 

うつ病中に起業したU2Plus創業者 東藤泰宏さん

東藤泰宏さん

photo by kanako baba(soar)

 

IT系のお仕事をされている途中でうつ病になった東藤さん。

もう人生はおしまいだと思ったとき、「もうダメなら、社会に何を問いたいか」と考えて設立したのが、うつ病の方のためのコミュニティサイト『U2plus』だったそうです。

そんな自らの経験をもとに、うつ病の人でもそうでない人でも、ちからがふっと抜けるようなお話をしてくれました。

 

 

「依存先を増やすことが自立」

PC

うつ状態のときは、どこに助けを求めていいのかわからなかった、と東藤さんは言います。

当時はハードワークにより、友人や家族とも交流が途絶えた中でうつ病を患ってしまい、頼れる人はいませんでした。

しかしいまはうつ病だとカミングアウトすることで、受け入れてくれる人が増えたのだそうです。

 

友人、家族、医師だけでなく、うつ病当事者のコミュニティに関わったり、会社の人にも打ち明けたりすることで、楽になれる場所を増やす。

そうすることで、「仮に誰か1人とうまくいかなくなったとしても、別の人を頼ればいい」と余裕ができます。

 

自分だけで解決しようとしたり、特定の1人に深く依存したりするのではなく、複数のコミュニティに広く薄く、少しずつ依存していく。

それができれば、依存する方もされる方も、無理なく助け合えるようになり、結果として自立に近づくのだと考えさせられました。

 

依存というと悪い印象を与えがちですが、誰もが何かしらの依存対象…もっとやわらかく言えば「よりどころ」は持っているでしょう。

ただ、依存が突然重くなると負担に感じる人もいます。重さを分配して、1人当たりの荷物が小さくなるような頼り方を覚えておきたいです。

 

「行きつけのお店に行くように」

カフェ

先の話のあと、「広く薄い人間関係だと、1人1人を大切にできなくなってしまうのでは?」という質問が出ました。

狭く深く友人関係をつくりたいタイプの人にとっては、それは確かに気になること。

 

それに対して東藤さんは、「自分が助けてもらうことありきではなく、自分が相手に何をできるかも考える」と言っていました。

自分を含め、誰もがヘルプを出せて助け合える環境になるよう、意識することが大切なのだ、と。

 

そう言ったあとで、広く薄い人間関係で助け合うことを「行きつけのお店に行くような感覚ですね」と表現していました。

長期的に思いきり助けてもらうのではなく、気が向いたときお店を訪れるように、少し癒してもらう。そん気軽さなら、薄い関係を必要以上に怖がらなくても大丈夫かもしれない、と思えました。

お互いの「お店」をときどき行ったり来たりして、お金のやり取りのかわりに癒しあうことができたら、広く薄く、それでいて長い関係が築けそうです。

 

「つかれたら休め」

休憩

「自己犠牲で社会に価値を生み出すより、その人自身が生き続ける方がいい。ポジティブな発想はそこからしか生まれない」

実際に会社を休んでU2plusを立ち上げることができた、東藤さんだからこそ言える説得力のある言葉です。

それはうつ病の人だけでなく、うつ病未満の人にもきっと必要なこと。

 

つかれたときは短期的な応急処置をしておいて、中長期的には会社の関係者なども巻き込んで調整してもらう、という話が印象的でした。

普段の生活の中でできること…たとえばいつもより少し早く眠ること、何もしなくていい時間をつくることなどが応急処置で、それが精神的・経済的にできない状態になったら、誰かを巻き込んだ調整が必要になるのでしょう。

 

「ひとときでも、苦しさに寄り添えたら」

寄り添う

ひとくちに苦しさと言っても、さまざまな程度や種類があって。それを理解することは、立場が違えば難しい場合もあります。

東藤さんは、「理解しなくてもいいんじゃないかな。ひとときでも、苦しさに寄り添うことができたら」と言いました。

「支えるのはひとときでいいんですよ、きっと。ずっと支えるなんておこがましくて僕はできない」と続いた言葉に、そういう立場もあるんだ、と驚きました。

 

誰かの悩みを聴くときは「途中で放り出しちゃだめだ」と責任感を持つ人もいると思います。悩みを一緒に抱えて、解決するまで頑張らなきゃ、と。

しかし、それでは聴く側の人も疲れてしまいます。共倒れになってしまっては元も子もありません。

解決のためにちからを尽くせなくとも、となりで話を聞いてうなずく、そのくらいの距離感でそばにいてもいいのかもしれない。


そう思うことができて、少し心がかるくなるお話でした。

 

soarに掲載された東藤さんのインタビュー

後編・榎本さんのお話はこちら

 

 

 

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